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本日の天気は占いじゃなくて天気予報という。

この更新間隔の短さは何かの前触れなのかもしれません。いやそうだ。たぶん何かが起こるんだ。例えば、冷蔵庫に入れてあるまとめ買いした納豆の賞味期限が切れるとか

……。

…。


さて。微妙な空気を作り出してしまったことを深くお詫び申し上げます豊です。ご安心ください。納豆は発酵食品です。牛乳が時を経てヨーグルトへ進化するがごとく、大豆が進化した食べ物なのです。もう自分がなに言ってるのかわからないですが、4パック×7の大連隊を前に思考能力が低下してることは理解できます。どうしよう。


本日は「占い」について僕の私見というかなんというか微妙な意見をつらつらと自己満足的に書いてあります。感化されやすい方は読むのをお控えいただきます。…まあ、そんなおおそれたこと書いてあるわけじゃないんで、「あ、こんな考え方もあるんだ~」ぐらいのテンションで流していただけると幸いですw
ところで、皆さん占いって信じますか?

朝のテレビとか雑誌の終わりのページだとかいっぱいあるんですけど、そういう万人向けに無責任に発信されたものじゃなくて、見料1000円とか取るちょっと本格思考の占いやさんです。一時期はやりましたよね。

今回行ってまいりました。付き添いで。

僕は結構そういうの信じるほうで、でも別に信じたからどうなのっていう話ではあるんですが、そういう話をすると占い師の人に「んじゃくんじゃねーよ」的な視線を向けられたので、表向きは占いこそ私の人生の指針的な電波な人を装ってみたわけですよ。

まあ、それには付き添いで行った先輩の方が引いてましたがねb

んで何を見てもらったかっていえば、当たり障りのない今年の運勢なんですけど、その人曰く、「今年はいろんな意味で当たり年。ラッキーカラーは赤」らしいですね。

……何が当たるんだよ? 闘牛か?

占い師の含み笑いが壮絶に気になったんですけど、まあ、その時になってみりゃわかるわなって感じで、放置したんですわ。あ、僕、好物は一番最後に食べるタイプなので。

というか、一緒に行った先輩は違う人に見てもらってたんですよね。これじゃなんの付き添いなんだかわかったもんじゃないんですが、別に恋人同士でもないんでいいかなとか思ったり。…あれ? 何で涙が止まらないんだろう?

とまあ、30分ほどで終わって、出てきた先輩が興奮気味に言うんですよ。

「すっごいすっごい! やっぱ当たるんだね~。今月はお金を多めに持っときなさいだって! 出会いの予感?」

そうっすか。。。

「うん!」

そりゃよかったですね。

「やっぱ本物はちがうね~」

……。

「♪」

ご機嫌な先輩に水を差すのもどうかと思ったんで、その場では言わなかったんですが、実は、今回行った所は「将来のことを見る」占いやさんだったんですね。

元来、占いというものは依頼者の要求に基づいて様々なものを予見するものです。それは過去、現在、未来という時間の概念にとらわれるものではあってはならないとされています。

よく、占いで「好きなものを当てる」と言うものがあります。確かに、占いにはそのような要素があります。自分の知り得る事の出来ない事象を占うことによって知り得る事が占いですから。

しかし、占いというものは様々な前提によって行われなければなりません。

例えば名前。性別。仕草。言動。

根拠となるものがなければ、それは占いではなくただの超能力です。どっちが便利かと言われれば超能力なんですけどね。

そういった意味で、占いって言うのは非常に科学的、現実的なものであるといえるのかもしれません。極端な話、やってることは名探偵の推理と大差ないのですから。

しかしそれは過去と現在に限られた話。与えられた前提を元に確定した事象を推測し言い当てることが出来るのは、過去と現在にある事象でしかありえません。未来のことは確かに予想、推測できるでしょうが、断定することは出来ません。いやまあ、「あなたはいつか死ぬ!」なんて断定は出来るでしょうけど。

つまり、与えられた前提から一番可能性の高い未来を予想すること。これが占いの大本になっているのです。

今回行った占いやさんは確かに名前とかその他もろもろのことを事前に紙に書いて渡してましたし、未来のことを予想して言ってくれたので、まあ、及第点といえるかもしれません。

しかし、占い師の暗黙の了解として「求められたもの以外は答えてはならない」というものが存在するそうです(聞いた話ですが)。

例えば、「私の未来を見てください」と聞かれた場合には、その人の未来を。「私と彼との相性を見てください」と聞かれた場合は相性を見る。それ以上のことはしてはいけないというものです。

わかりやすく言えば、「未来を見てください」といわれて、「彼氏ができます」と答える時に、「5月に公園に行くといい」とか「傘を持っていけばいい」とか余計な付加要素をつけてはならないということです。これが、「5月に公園で出会いがある」という未来ならば言ってもいいらしいです。この辺の解釈はその占い師の解釈によるらしいですが。突き詰めるといろいろ矛盾が出てきますが、そもそも占いに辻褄を求めるのはご法度ということなので、スルーします。非常に文学的な世界ですね。

そして、その対価。つまりは見料なんですが。それも聞きたい情報によって変動しなければならないとされています。その人にとっての情報の価値は万人違うからだといわれてますけど、これはやはり占い師のさじ加減一つだと思われます。時間で見料を決めるところもあるみたいだしね。

今回のところは、聞いてもいないことをくっちゃべっていたので僕的には信用できないですね。いや、宝くじは当たって欲しいけどさ。

まあ、まとめると、最初に名前などの依頼主の情報を求めるところがあり、その見料にれっきとした具体的な根拠があるところ。さらには聞きたいことにのみはっきり答えてくれるところがいい占いやさんってことになりますね。

こうなってくると神社のおみくじなんて占いという観点から見れば適当もいいところなんですが、あれは神様にお伺いをたててるようなものなので、ちょっと管轄が違いますかねw

ただ、本当に稀に超能力のような占いをする人がいるらしいです。それこそ恐山のイタコレベルのヤツが。あいにく僕はあったことがありませんが。

あと、結局占いなんて、プラシーボ効果の権化みたいなものであるという夢も希望もないことを付け加えておきます。要は心の持ちようってヤツですよねb
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超能力超能力(ちょうのうりょく)とは、一部の人間が持つとされる通常の人間の能力を、超えた力のこと。一般には疑似科学とされる超心理学の研究対象となっており、またはサイエンス・フィクション|SFに題材として扱われる。超能力・超常現象関連の用語の接頭語としてよく
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