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来週の豊さんは?

こだわりを持っている人間は、本質的に損をしているって言われましてね。

ああなるほど、と思ってしまったわけですよ。

類義語で言えば、好みとか、優先すべきものとか、ニュアンスの近いものがあるとは思うのですが、「こだわり」と言ってしまうと、かなりな強制力を持つようになってしまいます。

強制力を持つってことはイコールエネルギーを使うことでして。や、それが自分の譲れないものだったら、むしろこだわりってのはそういうものなんでしょうけど、なんか言葉と思い込みに縛られすぎてるんじゃないかと思ったりするんですよ。

豊さんなんか「冬はコタツしか考えられない!」みたいなところあって。まぁ生来の思い込みの激しさもあり、また、小さい頃からコタツに慣れ親しむことがなくて、コタツそのものが憧れだっていうところもあったんですけど。

でも、それって究極のところで暖房器具の一つであって。究極暖が取れれば何でもいいわけですよ。そりゃ、コタツでみかんっていうシチュエーションは大事ですけどね。

こないだデロンギつけてみたら、びっくりするほど部屋の中があったかくなりましてね。活動範囲の狭められるコタツより機能的で活動的なんですよ。冬なのにじっとしてなくていい。何よりアーロンチェアに座ってPCがいじれるという最大の利点が。もうおじいちゃんなんですよ。体がって言うか腰が。きついきつい。

アレですね。家の中がくまなく暖かいっていうのは何事にも変えがたい幸せですよ。床暖房とか家暖房が流行るのにも納得します。アレはいいわ。

まあ、ちょっと話がずれましたけど、「コタツが一番!」と頑なに他のことに目を背けていたら、多分いろんないいものも視界に入らないと思うんですよ。

確かにこだわりを持つっていうのは素敵なことです。浪漫と言い換えてもいいでしょう。でも、こだわりでがんじがらめにされちゃうのも、どうかと思うんですよ。

ホント一つか二つ、後はその人の度量に応じて。自分のことで恐縮ですが、ぶっちゃけそこまで背負えません。身軽に身軽に。こだわり捨てところで、誰も文句言いませんから。自分との折り合いのつけ方だけですよ。

いやもう、捨てろなんていいません。そんなおこがましいことは。ただ、なんとなく自分たちの持ってる「こだわり」って、決めうちしてるところがないですかね。一通り試してみて自分で「これだ!」って決めてるのって本当に少なくて、誰かがやってるから、とかなんとなくイメージでこだわりを持ってる人が多いような気がするんです。

じゃあそれはこだわりじゃないのか、って言われるととんでもない。立派なこだわりですよ。胸張っていいと思います。でも、あんまり構えずに他のことも試してみるのもいいような気がするんですよ。それでこだわりを再確認するもよし、他の視線や世界に気付くのもよし。


という話を、会議中ずっと考えていたというお話。

やっべぇ何も聞いてなかった…。来週どうするんだ豊さん。
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まとめ【来週の豊さんは?】

こだわりを持っている人間は、本質的に損をしているって言われましてね。ああなるほど、と思ってしまった
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