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ホンヨミ

最近、活字中毒の加速度がヤバい。

まぁ、昔から豊さんは本の虫。中学受験時代に「頭が良くなるから」という最高に頭の悪い理由により、読書というものを半ば無理矢理気味に薦められて以来、完全に中毒になってしまった典型ですね。

兆しとしては、小学校低学年時代からあるにはあったんですよ。「エルマーのぼうけん」とか、「ズッコケ三人組」とか。別に本が好きじゃなくても通る一般的な道だと思うんです。…歳がばれるとか言うの禁止。不朽の名作ですよ!

ただ、豊さんの場合は、その、間が悪かったと申しましょうか。何処をどうやったのか分かりませんが、勉強に行った図書館で何気なく手にした小説がまさかの時代官能小説で、そこはそれ、小中学生の悲しい性ですよ。小説に夢中、文庫本に夢中。カバーかけて小学校にすら持ち込んでいた事実は今も鈍色に輝いている青春の日々です。

とかく無邪気に騒ぎまわる小学生の輪の中で、一人官能小説を読んでいるという図は、言葉尻以上にその、なんと申しましょうか、世が世なら警察を呼ばれてもおかしくないような構図なのですが。具体的に想像すると本当に危ない上に現在の豊さんまで不当な謗りを受けるような気がしますので、さらっと流しますね。今後蒸し返すの禁止。

それに、さすがにずっと官能小説読んでたわけじゃなくてですね、冒険活劇だとか、恋愛小説、社会小説、ミステリ、SF、時代小説とそれこそ手当たり次第に読んでおりまして、そのうち人間というものは、もう『物語が読みたい、自分の知らないものが知りたい』というそのものシンプルな欲求しかなくなってきてしまうんですね。終いには現国の問題で出題される、問題文すら面白くなってくるレベル。正直、国語嫌い活字嫌いの人から見れば、変態と言って差し支えないレベルです。

大体、「本の虫」と称される人種はこうやって出来ていくわけなんですけど、今の時代は、その『読みたい、知りたい』という欲求が、漫画やゲーム、テレビなどのほかのメディアに置換されることが多くなってきたと思うのです。

『読みたい、知りたい』という欲求を、言い換えれば本の虫になるべき素質と言い換えてしまうならば、その欲求は今の時代、何も本に頼らなくても満たすことが可能です。いえ、むしろ、本に頼らない方が容易である、とすら言えるのかも知れません。

ご存知の通り本を読む、という行為は、その敷居の低さとは裏腹に、『技術』と呼べる、誤解を恐れずに言うならば「難しい」行為であると思います。

本の読み方、本の楽しみ方なんかを語りだせば、一時間や二時間では足りず、メディアミックスの多様性と可用性、それに対する読書の意義なんかに話が及んだ日には、それだけで論文が一つ完成してしまい、最終的にはそのことで午前4時まで居酒屋にて口論を交わす羽目になる(※実話)ので、ここでは割愛せざるを得ないのですが、人生経験上、多少の差異はあるとは言え、本を読むことが、少なくとも映画を見たり、ゲームをすることに比べて「難しい」ことであるということには、賛同いただけると思います。賛同できない方は、ぜひ一度豊さんと居酒屋にて徹底討論したh

…閑話休題。

豊さんも例に漏れず、本の虫に成り損ねてしまった幼き頃の文学少年の一人なのですが、なんかこう書くと本の虫になりたかったのかと思われるのであれですけど。ゲームも楽しいし、映画だって、駄弁るのだって楽しいんですよ。

ですが、最近それを有り余って読書に傾倒している自分がいるんですよね。通勤時間も読書、休憩時間も読書、家に帰る前に本屋と古本屋をチェックし、お風呂でも読書、寝る前に読書、と書き出してみたらちょっとどころかかなり残念な生活をしていることに今気が付きました。テヘペロ。

村上春樹に始まり、村上裕、東野圭吾、乙一、西尾維新…と節操なく読み漁ってるんですが、ここにきてライトノベルレーベル、電○文庫とか、ガ○ガ文庫とかがびっくりするほど読み応えがなくなってきてるんですよね。

丁寧な心情描写と読みやすい文体なんていえば聞こえはいいものの、そこまでいっちゃうとこれ小説である必要性なくね? というレベルの作品があまりにも多い。もう原作レベルに留めて漫画やアニメにしたほうが絶対にいいと思える。…いやまあ実際そうなってるんですけどね。ラノベ原作のアニメの多いこと多いこと。完全に反証されちゃってますよね。

文章というメディアだからできる言葉遊び、トリック、心象遷移なんかを、ないがしろにしすぎなんじゃないでしょうか。見開きいっぱい鍵括弧が並んでるなんて、AVGのテキストじゃねぇんだぞと突っ込みを入れたくなるんですよ。演劇の台本の方がまだ地書きがあるわ。

まぁ、偉そうに「このままじゃ日本の出版業界がー」とかのたまうつもりは毛頭無くて。「文壇の全体的なレベル低下がー」とか主張するつもりも一切なくて。レーベル自体の住み分けが進んでるのかなぁと思ったりしています。

レーベルを分ける利点は、言うまでも無く顧客の狙い撃ちな訳でして、経済学的なマーケティングとしては間違っちゃいない訳ですよ。いえむしろ、それこそが商売というものですし、消費者からも分かりやすい広告戦略というものは、それだけで購買欲を促進されてしまうものです。心理学的に。

けれどなんというのでしょうか。こう、ラノベ創成期から本を買っている身としては。一抹の寂寥感を感じえないんですよね…。

好みの変化…というか、求めてるものの変化なのかもしれません。昔はどんな物語でも面白かったものが、今は自分で読みたい物語がある程度固まってきてしまっている感じもあります。

昔ほど時間に自由があるわけではないですし、それこそ自分の読みたいものを読むことはおかしい話ではなく、有効に時間を使っていると言えなくもないのですが…。


新しい視点を探す、という観点からは、難しくなってしまったのかと思いますね…。

そして、またしてもまとまらない文章のままぐだぐだ終了ですが、一体何処を着地点として書き始めたか既に分からなくなっちゃいました。

致命的ですねぇ…相変わらず。



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