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戦慄の無鉄砲

ラーメン。

日本人が愛して止まないソウルフード。現在は全国各地にご当地ラーメンが登場し、一時期のラーメンブームは落ち着きを見せたものの、いまだその根強い人気は衰えない。

かくいう豊さんも一週間に一度ぐらいはカップラーメンに逃げるときがあるし、旅行に行けばその土地のおいしいラーメン屋さんを探すのが常である。

この度、東方紅楼夢参加のために大阪に行った時の話をしよう。

あれは、よく晴れた日の昼時であった―――。


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 絶対びっくりするから!

 誰かの言葉に乗せられて、そして純粋な興味本位で、豊はそれを食べてやろうと心に決めた。
 時間はあまりない。広島に帰るべき時間は刻一刻と迫っている中、あろうことか寝過ごしたせいで、食べる時間が残り少ない。
「どうする?」
 横の友人は心配そうに口を開く。だが、ここで引くわけには行かなかった。
 使命感、義務感といった言葉が豊の頭の中を駆け巡る。別に食べなかったからといって死ぬわけではない。誰かと約束を交わしたわけでもない。バスの時間のことを考えるならば、ここは引くべきだと豊の頭の冷静な部分が警鐘を鳴らしていた。
 だがそれでも。
 退くことは、微塵も考えなかった。
「…行こう」
 背中に大荷物を背負う。その重さが、選択を後悔していないかと問いかける。お前の行動は正しかったのか。後悔しても後の祭りだ―――。半分あざけ笑うような、それでいて諦めるかのような声が聞こえる。
 その声は豊自身。自問自答に唇の端を歪め、それでも足は店へと向かう。
 思えば、昨日の夜から何も食べていない。約十五時間ぶりの食事だ。それがまさかこんなことになるとは。運命を呪わずにはいられなかった。
 禍々しい赤い暖簾をくぐって中に入れば、一瞬で鼻につく豚骨の匂い。最近のラーメン屋ではほとんど薄れてしまった、自己主張の塊のような攻撃的な匂いがした。間違いない。ここは生半可な覚悟で生き残れる場所ではない。
「オススメは豚骨ラーメン」
 言いながら友人は握り締めた硬貨を、券売機へと飲み込ませた。
 さもありなん。ここに来て豚骨以外の品を頼むなどという日和った考えでは、一撃で心の臓を打ち抜かれるに違いない。ご丁寧にも何故か豚骨ラーメンだけ券売機のボタンが二つある。なんだ。この二つのボタンの違いはなんなんだ。
 豊は一瞬の逡巡の後、取り出した千円札でボタンを押す。無機質な機械音が止めば、取り出し口に小さな半券と百円玉が三枚。何故だろう。この小さな半券が、ただの食券の筈なのに、何処かへと向かう片道切符のように見える。
「いらっしゃいませー! こちらへどうぞ!」
 通された先は、入り口に程近いテーブル席。店の置くにはカウンターが並び、まばらに人が入っている。
 だが、よくみれば、そこには女子供の姿など微塵もない。そこにいるのは、いずれも屈強な戦士達だった。その鍛え抜かれた四肢をテーブルへと寄せ、一心不乱に各々が戦いを挑んでいた。そこには男達の数だけドラマがあり、何も語らない背中が、歴戦の勇者であることを如実に語っていた。
「……」
 誰も何も言葉を発しない。テーブルに着いた豊たちでさえ、喉なんて渇いていないはずなのに、差し出された水をせわしなく口に運んでいた。見れば、コップを持つ手が小さく震えている。…これが武者震いだというのか。
「お持ちしましたー!」
 少しだけ訛りが入ったような声に、覚悟を決める。敵地に向かう兵士の心境を心のどこかで感じつつ、ゆっくりと目を開けば、

 なんだこれは。

 目の前に鎮座する黒いどんぶり。その中には言っているのは完膚なきまでにラーメンだ。ラーメンなのだが、何かがおかしい。
 まずはその圧倒的なまでな存在感。いまだかつてここまで強烈な存在感を放つラーメンがあっただろうか。いやあるまい。昨今のラーメン事情は『芸術』なんていう言葉の下に、彩りや、バランス、果ては健康志向をも重視した完成度の高いラーメンが求められることもままある。
 だが目の前のこれはどうだ。健康なんかを気にするヤツはラーメンを食べる資格などない。彩りやバランスなんか考える前にまずはフックで一発食らわせるべきだろうといわんばかりの存在感。往年のグレートムタを思わせるようなその存在に豊は息を飲む。
 コラーゲンと言い張るには限界があるそのスープは、チャーシューとの境目が曖昧で、さながらスープとチャーシューが融合しかかっている。メンマやにんにくは言うに及ばず、麺さえもが裂帛の気迫の元に敵を倒さんと一丸となって攻めてくる。人は何故戦うのか、この世の平和は仮初めなのか、そういったことを考えさせられる光景だった。
 そのスープを一口口に含む。間違いない。このパンチの効いた味は、豚骨オンリーのみが出せる無骨な味。魚介や鳥などの助けなど邪道といわんばかりのそのとんがった味は、一瞬にして口の中に油膜を張る。一体どれだけ煮込んだらこんなにゼラチン質に近いスープが出来るんだ。
 しかし、スープだけで飲むという行為は確実に寿命を縮める。防寒装備もせずに雪中行軍をするがごとき無謀な挑戦だ。早々に攻略を保留し、次の目標に狙いを定める。
 割り箸を割り、スープの中に箸を沈める。
「な…!?」
 液体というものは本来、その形状を自在に変えることが出来る。水の中に石を落とせば、沈んでしまうのは自明の理だ。だがどういうことだ。目の前にある液体は、確実に箸の侵入を拒んでいる。浮力などでは断じてない、圧倒的密度が可能にしたこの反発力に、豊は戦慄した。
 どうにかそれでも箸の先が麺にたどり着き、それを一気に持ち上げる。中麺の縮れ麺は、その身に存分にスープを絡ませながら目の前に現れた。
「……」
 一瞬の間をおいて、それを口へと運ぶ。

 ……どういう、ことだ……?

 あれほどまでに凶暴。荒れ狂う暴風のような暴力的な存在が、ここに来て急速に完成度を増した。麺に絡むスープの濃度、バランス、そして何よりその味が、見事な完成度で成り立っていた。
 一瞬我を忘れそうになるが、豊は自分には時間がないことを思い出す。慌ててて二口、三口と麺を口に運んだ。
 今まで様々なラーメンを食べてきたものの、こんな不思議なラーメンは初めてだった。
 インパクトは絶大ながらも、反面、ラーメンとしての完成度も高い。なんだ、人が揶揄するほど酷いラーメンではないじゃないか。一気に麺を食べつくし、スープに掛かろうとしたところで、異変は起こった。
「ぐ…ッ!?」
 今の今まで絶賛していたはずのスープが、ここに来て最大の敵となって立ちふさがる。先ほどまでは麺という仲間がいたが、今となっては援護は期待できない。底の見えない、沼のようにたゆむ粘度の高いスープが、どんぶりの中から豊を見上げていた。
「く…ッ」
 だが引けない。ここで引いてはならない。誰のためでも、何のためでもない。ただ、豊の意地とプライドにかけて、このスープを飲みほさなければならない。豊はレンゲを放り出し、両の手でどんぶりをつかんだ。
 元来、ラーメンのスープというものはそれ単体で成立するものではない。スープに含まれる成分は、それ単体では濃すぎるのだ。麺と絡めて初めて調和という名の下に日の目を浴びる、不遇の存在でもある。ましてや敵は、圧倒的な質量を誇る、液体というよりは既に固体と成り果てている存在。飲み干す最中に窒息してもおかしくはない。
「お、おい…」
 見守る友人は、最早この世のものを見る目で豊を見てはいなかった。だがそれでも、豊はその行為をやめようとしない。己の威信にかけて。
「でも、底がどうなってるか気にはなるよな」
 ピタリ、と動きが止まった。
 もう一人の友人が放ったその言葉が、豊の脳を塗りつぶしていく。

 どんぶりの、底…?

 目の前に傾いたスープが見える。そのスープは当然の如く不透明だ。凝縮された豚骨のエキスが、口元へと迫っている。その視線の先、スープの底にあるであろうものを想像しようとして、豊の脳は悲鳴を上げた。
 分かっている。底には何もないはずだ。いくらスープが濃厚で、液体とは呼べないような代物であったとしても、底には何もないはずだ。せいぜいが葱とか麺の切れ端が取り残されているぐらいのはずだ。
 だが、おかしい。その理論は絶対に間違ってはいないはずなのに、脳が、体が恐怖を感じている。危険である。これ以上は本当に危険である。
 ついにスープの端が口元を離れ、どんぶりを持つ手が力を失う。同時に、一気に流し込んだスープが、胃の中で強烈な存在感を主張し始めた。
「だ、大丈夫か…?」
「だ、だいじょ…うぶ…」
 明らかに大丈夫ではない返事を返しながら、豊はもう一度どんぶりに手を伸ばす。が、その手に力がはいることはついぞなかった。どんぶりの底にある恐怖。その恐怖の正体は分からないものの、スープの正体がそこにはある気がして、豊は一人敗北の気分を味わっていた。

 やがて時間となり、豊は友人とともに店を出る。
「じゃーな! また!」
「ああ! 世話になった!」
 右手を大きく上げ、友人との別れを惜しむ。これから広島にけらなければならないという億劫さと、楽しかった時間への未練、そして何よりもラーメンへの敗北を喫したことが、豊の心に重くのしかかっていた。
「すいません、湊町のバスターミナルまで」
 タクシーに乗り込み、バスの停留所を目指す。ふうと吐いた息は重い。
「後五時間かぁ…」
 五時間。
 かなりの長時間をカンズメになっていなければならない事実に気が重くなる。だが、ふと思い至った事実に、豊かの肝は完全に冷え切った。

 この状態で五時間もバスに乗らなければならないのか!?

 心の折れようもそうだが、何よりもこの胃腸状態でバスに揺られるのは自殺行為である。しかも広島大阪間のバスは、何をトチ狂ったのか二階建てだ。さらに豊の座席は二階の後部部分。これ以上ないようなコンボ攻撃に、神の見えざる手を感じられずにはいられない。

 バスの到着を告げるアナウンスを聞きながら、豊は絶望という名の恐怖を味わっていた…。

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という感じでした。ちなみに、社会的に死にたくなるような事態には陥らなかったのですごいと思います。


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