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書き殴るということ

「普通に考えて」とか、「常識的に」なんていうフレーズが、使い古されて久しい今日このごろですが。あっ、あけましておめでとうございます。

もう何もかも順番がおかしくて、すでに二週間もの時が過ぎ、まぁこのブログを未だに見ている人がいるのかどうかは疑問も多く、存在意義が揺らぎまくってるのですが、セオリーも注文も文法もテクニックも全て無視して自分の思いのままを書き殴れる場所というものは、とかく重要なものだと思うのです。ね。こんな一文に文字と要素を詰め込むなんていう手法は邪道でしか無い。口語と文語が入り混じって読みにくいったらありゃしない。でも僕はこんな手法が嫌いになれないのです。

一般大衆やマナーに対しての反骨精神といえば聞こえはいいし、なんかそれとなくロックな響きがするのです。ですがその実、この手法がやめられないのは、ひとえに書いていて楽だからという理由にほかなりません。後は往年のテキストサイトの業があるんじゃないかなぁと予想。


一応補足をしておくと、「思いを書きなぐる」という行為自体はとても重要な事で、こういう仕事していると、もう何がなんだか分からない、一体自分は何がいいたいんだ。この文章で読者に何が伝えたいんだと自問自答。悪いのはわかっているのに一体どこを直せばいいのかわからない。そんな状況に陥る事が結構あります。

読者にも伝わらず、自分でも答えがわからない。もしもそれが推理小説ならば、シャーロックだろうとアポロだろうと、作者であるコナン・ドイルであろうと理解不能。迷宮入り必死になるわけなのですが、ここまで書いてあれだ。例えが微妙なのは認めます。もうちょっとわかりやすく書けなかったのか。

ならばどうするのか。他の人に聞いたとして、「何がいいたいのかわからない」か、「これって○○ってことだよね」と見当外れな答えを口にされるだけなのは目に見えています。それは他の人が悪いんじゃない。自分が悪いのです。

じゃあどうやって打開するか。それはもう個人的には書くしか無いと思ってるんです。文章でも箇条書きでもツリー図でもなんでもいいからとにかく書く。自分の主義主張を、読者に伝えたいことを書き殴るだけ書き殴る。自分に思いつく限りの表現を、自分が知りうるすべての情報を一旦アウトプットして、それで一旦時間を置くのです。一晩ぐっすり寝て、その上で、吐き出したものを見直すと、案外気がつくことが多いような気がします。

自分の考えの整理といえば聞こえはいいのですが。考えを整理するのに理路整然なものなんて書けませんよね。書けたらそれもう整理できてんじゃん。って話ですから。

新年一発目に何書いてるんでしょうか豊さんは。。。
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